コラム

高齢者に関する法律問題について

人は老いから逃れることはできません。

このことは,どんな権力者にも,経済的に豊かな人にも,等しく当てはまります。

そして,人は老いれば,多かれ少なかれ判断能力が減退していきます。

それ自体は何ら恥ずべきことではなく,誰もが通らなければならない道なのですが,そういった点につけ込んで高齢者から財産を奪おうとする者がおり,そのことが,高齢者の被害を生じさせているのです。

 

では,そういった被害を避けるためにはどうしたらよいでしょうか。

まず,一番簡単で最も重要な点は,高齢者を孤立させないということです。

すなわち,定期的に高齢者の下を訪ね,会話をし,不審な点がないかどうか,例えば不要な物品(布団とか浄水器とか)を買い込んでいないかどうか,身の回りが清潔に保てているかどうかなどを確認することが重要なのです。

そこで不審な点が確認できれば,健康上の問題の場合であれば,早期に病院を受診することができますし,不要な取引がなされているような場合であれば,取引から時間が経っていなければ,クーリングオフや過量販売に基づく解除権などを利用して業者と有利な立場で交渉をすることができます。

さらに,高齢者のもとに,会話し,相談できる人間が定期的に訪問していれば,高齢者の心身の健康にも資することにもなりますし,悪徳業者もそういった高齢者の家には近づきづらくなります。

 

しかし,例えばそもそも身内がいないとか,いても遠方であったり疎遠であったりして定期的に自宅を訪問することが困難な場合には,問題が残ります。一旦締結してしまった契約を無かったことにすることには,困難が伴うこともあります。

そういった場合に有効なのが,成年後見制度です。

成年後見制度とは,自ら経済的な活動(契約等)を行うことが困難な精神状態にある者について,予め後見人という財産を管理する人を家庭裁判所に選任してもらう制度です。

予め後見人を選任しておけば,被後見人である高齢者は,後見人の了解を得なければ,契約をすることができませんし,仮に,高齢者が勝手に契約をしてしまったとしても後見人はその契約を取り消すことができるのです。

また,将来亡くなった後の紛争にも備える必要があります。

遺産をめぐって不要な争いが生じることは望ましいことではありませんし,遺産の配分について何らかの意向がある場合にはそれを実現することが望ましいと思われるからです。

 

この場合,予め遺言を作成しておくことが有益であると思われます。

法律上の遺言にはいくつか種類があり,手書きの遺言も一定の場合には「自筆証書遺言」として有効ですが,無くしてしまったり誰かに隠されてしまったりする危険がありますので,安全を第一に考えれば,公証人役場において「公正証書遺言」を残しておくことが望ましいでしょう。

なぜなら,「公正証書遺言」の場合,公証人役場において遺言書の原本が保存されますので,遺言書がなくなって困るということはありませんし,公証人という専門家が関与して遺言書が作成されますので,方式を誤って遺言自体が無効になるということも避けられるからです。

その他にも,多重債務問題,振り込め詐欺問題,未公開株や無価値社債の販売問題など高齢者に関する法律問題は多岐にわたりますので,お困りやご不安なことがあれば,お気軽に当事務所まで相談いただければと思っております。

 

弁護士 大塚博喜

人が人を裁くということ

遙か昔,卒業を控えて進路の選択を迫られた法学部生時代,「弁護士や裁判官を目指す気はないの?」と問いかけた亡母に対し,「自分の仕事の出来で他人が死刑になったり,ならなかったり,そんな仕事に就くほど自信家ではない」と答えた。

それから約10年後,紆余曲折を経て法曹資格を取得したとき,母親に「あの時の台詞はどうなったの?」と冷やかされた。

苦笑いするしかなかったが,そのとき漠然と頭の中にあったのは,「裁くのは自分ではない,法と証拠だ」という司法研修所某教官の言葉だった。

学生時代なら「誤魔化しだ」と反発したかもしれない。

一見智恵深そうな,見方によっては胡散臭い大人の台詞。是非はともかく,そのときの自分は,その言葉が含意するところを何となく理解できるようになっていたのだった。

 

それから約15年後のこと。

某大学の某学部で教鞭を取っていた私のもとへ,教え子のゼミ生が訪れた。

沈痛な顔をして彼は言った。

「自分はどうしても人を裁くのは嫌だ。先生,裁判員に選ばれない良い方法は何かないですか?」

秀才とは言えないが,ものごとを誠実に原理的に考える姿勢をもつ学生だった。ロックバンドを熱心にやっていた。

そのとき,鮮やかに学生時代の記憶が蘇った。

そして思った。「こいつは,25年前の自分だ」と。

 

今,刑事法学や裁判員制度を専門に扱い,それを生業にしている。

だから,「裁判員制度の意義」とか,「対象事件に死刑事件を含むことの問題点」などのイシューを建前めいて語ることは幾らでもできる。

しかし,根本のところで自分の心をとらえて離さないのは,かつての自分や教え子のゼミ生がもった素朴な疑問である。

「自分に人を裁くことなどできるのか?」,

「そもそも,人が人を裁き,刑罰を科する,極端な場合には生命を奪うということは,どういうことなのか?」

 

職業法曹は,そのような場面に遭遇する可能性のある職業を自分の意思で選び取っている。

しかし,市井の一般人である裁判員はそうではない。

そうではない人たちに,死刑判決への関与を制度的に求めることを果たして正当化できるのだろうか?

単純に反対しているわけではない。

しかし,制度導入時の議論を振り返っても,「死刑を含む重大事件の方が国民的関心が高い」という形式的理由に終始した気がしてならないのだ。

そこに決定的に欠如していたのは,議論の前提となる,われわれの社会に根ざすはずの刑罰観ひいては死生観である。

その意味で,「自分に人を裁く資格があるのだろうか」と悩んだ教え子は,まともだったと思う。

そんなことを考えながら,法律専門家としての自分は,今日も裁判員制度にまつわる技術的な問題点を分析する。

裁判という営みを通じ,人間の死生や共同体の在り方について深く考える材料を提供することにも,少しは意味があるはずだと自分に言い聞かせて。

 

弁護士 青木孝之

『相続』とは何か

今年2月,最高裁で,武富士の創業者の相続人への追徴課税が違法であるとの判決が出た。

以前から持ち続けていた疑問が生じた。 

『相続』とは,いったい何なのか?

 

『相続』とは,新版注釈民法によれば,「自然人の法律上の地位を,その者の死後に,相続人と称する特定の者に包括的に承継させることである」と書いてある。

難しい言葉をもっと平易な言葉に置き換え,極めて大ざっぱに言えば,要するに,『相続』とは,「人が死んだときに,その人の財産を,一定の親族が引き継ぐ」ということになろう。一般の方が持っている『相続』の意味も,こういうものと思われる。

 

では,なぜ,このような『相続』の制度があるのだろうか。

生まれたときは,皆,裸で生まれるのだから,親の財産なんか当てにせず,一からおのれの力だけで努力し,その努力で勝ち得たものをその人限りの資産とすれば良いではないかなどと,思えなくもない。

親の相続財産に100%の相続税をかければ,子に相続されず,親が資産家の子も,そうでない子も,一律に同じ土俵で競争ができ,とても公平・平等のような気もする。

 

しかし,まず,このような話になることはない。

不思議なことに,共産主義国家にも,相続は存在する。

学生時代,共産党に所属していた知人が,「日本は相続税が高すぎる」と話していて,「それを君が言うのは変だろう」と言ったこともあった。

 

自分が持っている資産を,自分の身内に引き継がせる。

人は,死後もなお,残した財産によって自己実現する生き物なのかもしれない。

『相続』は,実に奥深い。

ただ,悲しいかな,私の子どもは,その奥深さを享受することはできないだろう。

親としては,せいぜい人としての有り様を伝えるのが精一杯と思う日々である。 

 

弁護士 三澤 英嗣

覚せい剤事件の弁護活動について

1 薬物の種類と犯罪の態様

 

日本における違法「薬物」には,覚せい剤,大麻,ヘロイン,MDMA(合成麻薬),トルエン(シンナー)等たくさんの種類があります。

また,犯罪の態様としても,使用した,所持していた,人に譲渡した,人と売買をした,外国から日本に輸入した等,たくさんの種類があります。

ですので,違法薬物の事件の弁護活動と言っても,一括りにはできませんが,今回は,覚せい剤を使ってしまったという,覚せい剤自己使用の事件の弁護活動について,お話しします。

 

2 覚せい剤自己使用事件の弁護活動の難しさ

 

人は,なぜ覚せい剤を使用してしまうのでしょうか。興味本位,遊び感覚,現実から逃げたいため等,理由は様々です。

しかし,理由は何であれ,覚せい剤を使用すると逮捕・勾留され,刑事裁判にかけられます。

覚せい剤を実際に使用してしまって,逮捕された人たちを,私自身,何人も弁護してきました。

 

覚せい剤自己使用事件の弁護活動としては,被告人が実際に覚せい剤を使用していて,事実に争いがなければ,二度と覚せい剤に手を出さないために,いかに覚せい剤依存から立ち直るか,というところに重点を置きます。

一般的には,被告人に覚せい剤の怖さ等を伝え,二度と手を出してはいけないものだと理解させ,被告人が社会復帰した際に支えとなる環境を整えること(例えば,身近な人に監督者になってもらうことや,仕事を探したりすること)を活動として行います。

しかし,覚せい剤は依存性が強い薬物なので,いったん手を出し,それに依存してしまうと,簡単に断ち切ることができません。

「最初は興味本位で」簡単に手を出し,結果,深刻な覚せい剤依存者になってしまう方も多いようです。

このような方は,刑務所に行って覚せい剤を完全に断ち切っても,出所後再び覚せい剤に手を出してしてしまい,また刑務所に入れられるというケースも珍しくありません。やめたいと思っても,自分だけの力では簡単にやめられないのです。

 

覚せい剤を断ち切り,更生することに協力してくれる団体はいくつかありますが,相当額の費用がかかるため,お金に余裕のない方は事実上利用することができません。

無償で協力してくれる団体もあるのですが,参加自体が本人の自由意思に委ねられているため,実効性という点からは劣るものと考えられます。

 

したがって,覚せい剤自己使用事件の裁判では,「被告人はもう覚せい剤を使用しない。今後は更生していくことが可能だ。」とただ主張するだけでは足りず,その決意に説得力を持たせなくてはなりません。

本人に固い決意をさせ,その決意を形で示し,立ち直るための具体的なプランをたてることが必要なのです。

 

3 立ち直りのために

 

覚せい剤の自己使用事件は,はじめて捕まった場合であれば,執行猶予付き判決が下される可能性はあります。

しかし,2度目,3度目繰り返すとなれば,ほぼ間違いなく実刑判決を受け,刑務所に行くことになります。

そして,刑務所から出た後も,覚せい剤を止められず,また使用してしまい,再び刑務所に入る,という悪循環に陥ってしまうのです。

このような悪循環を重ねれば重ねるほど,確実に刑は重くなっていきます。

 

ですので,その人の初めての事件であれば,最初だから執行猶予付き判決になるので安心,などと安易に考えるべきではありません。

弁護人は,被告人が覚せい剤を今後二度と使用しないためにはどうすればよいかということを被告人と一緒に考え,そのための活動を行います。

裁判所に更生を信じてもらうだけでなく,被告人と問題を一緒に考えることが,被告人が覚せい剤の悪循環に陥らないために必要なことだからです。

 

弁護士 白井 徹

消費者問題について

「消費者問題」という言葉は,以前からマスコミなどでもよく耳にされているかと思います。

一般的に,「消費者問題」とは,消費者として購入した物やサービス,またその取引自体から生じる問題をいうとされています。

商品自体に問題がある場合もありますし,販売方法が悪質な場合もあり,ひとくくりに消費者問題と言っても,かなり幅の広い問題です。

 

私が弁護士になってから,様々な方々の消費者問題について,ご相談をお受けしてきました。

ヤミ金からお金を借り入れたケースや,騙されて未公開株式や外国紙幣を購入してしまったケース,女性(男性)に騙されて店に連れて行かれ高額な貴金属や化粧品を購入してしまったケースなど,その内容は様々なものです。

相談を受けていくにつれ,消費者問題では,相談者の方々が,トラブルを抱えている自らを恥じ,思い悩んでおられるという事実に気がつきました。騙された自分が悪い,と責めておられるようでした。

また,家族や友人に責められ,警察や弁護士からも見放され,被害を訴えることさえできない人も数多くおられるのではないかと思うようになりました。 

確かに,相談者の方々は,甘い言葉につられてしまったり,相手の話をうのみにしてしまったり,他人に相談していなかったりしている場合が多く,もしかしたら,被害を未然に防げた事件もたくさんあるかもしれません。

 

しかし,反省は大切だとは思いますが,後悔しすぎる必要は決してないと思っています。

言い方は乱暴ですが,生命や健康まで失ったわけではないのですから。

やはり騙したほうが悪いのです。

 

確かに,これまで私が受けた事件でも,相手方が行方不明になり,金銭の請求もできず,結果的に泣き寝入りになってしまった場合も多くあり,消費者問題の事案は解決が難しいと思います。

ですが,早い段階で他人に相談することで,被害の一部が取り戻せる可能性はありますし,被害の拡大を防ぐこともできます。

恥だという気持ちや,自分を責める気持ちはさておき,ご家族や知人,消費者相談センター,法テラス,法律事務所など,どこでもかまわないので,ひとりで悩まず,早い段階で,まずは誰かに相談してみてください。

 

弁護士 前田領